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エッセイ 潜在意識の謎 その10

  1. 2012/05/18(金) 00:38:45|
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その10)
(潜在意識と祈り)
最近、潜在能力の効用が叫ばれています。潜在意識が持つ秘められたポテンシャルエネルギーに注目が集まっているのです。そのパワーをどの様に引き出したら良いのでしょうか。過去を洗い出して潜在意識を身近な存在とした私たちは、次に何をすれば良いのでしょうか。
日本人にとって、祈りは馴染みが薄いものです。神の存在を意識しない日本人にとって、祈ることは意味が薄いからです。ところが祈りとは、潜在意識を呼び覚ます、手っ取り早い手段の一つなのです。言葉を使って自分の思いを明確にし、一体、自分は何を欲しているかを自分自身に語りかけることだからです。
神と言う存在も、潜在意識下にある自分として、置き換えれば特に違和感はないでしょう。自分が自分の心に語りかけるのは、何ら不自然ではないからです。神は見えません。だから、その存在を証明する訳にはいきません。つまり神の存在を信じる者だけが、神を心の内に置いておけば良いのです。他方、神の存在を信ぜずとも、自分自身の心、すなわち潜在意識に語りかけることは可能なのです。
潜在意識自体、神と同じように見ることも触ることもできません。でも私たちは潜在意識の存在を確かに感じてはいるのです。意識せずとも、身体が自然に動いたり、感情が高ぶったりするからです。夢を見るのも潜在意識のなせる業です。私たちの行動や思考は、潜在意識に支配されているといっても過言ではないのです。
潜在意識を思いのままに動かすには、自分が何を目的として生きているのかを、明確にする必要があります。目的がはっきりしていなければ、意識は潜在意識に生きる動機さえ与えられないからです。人生での目的が決まれば、10年先、5年先の目標も決まります。そして、それを細分化すれば、今日一日の目標も決まって来るはずです。一日一日の積み重ねが、人生を形作るからです。
潜在意識に語りかける祈りは、明確でなくてはいけないと同時に、あまり利己的であってもいけないのです。自分一人が利益をこうむるような願いは、潜在意識としても却下せざるを得ません。人生は人とのバランスで保たれているからです。一人だけ良い思いをしたら、周りからひんしゅくを買うのは目に見えています。従って祈りで、自分ひとりの幸福だけを願っても効力は薄いのです。他人の利益を願う祈りの方が実現可能性は高いと言えましょう。何故なら利己的な祈りは心の思いを縛るからです。
利己的な祈りは欲と言う執着心を心に生成します。執着心が発生した時点で、私たちの心は打算でがんじがらめになってしまうのです。潜在意識が自由に羽ばたく余地が、奪われてしまうからです。潜在意識が最大の効力を発揮するのは、意識による妨害がない時に限られるからです。
11に続く

エッセイ 潜在意識の謎 その9

  1. 2012/05/16(水) 00:06:11|
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その9)
(潜在意識の制御)
目に見えず、心で意識もできない潜在意識に一体、どうやって働きかければ良いのでしょうか。簡単に答えが見出せる問題ではありません。もし潜在意識をある程度、自由にコントロールすることができれば、日常生活において不可能と見做されている行為も可能となることでしょう。
過去に様々な偉人・賢人が奇跡を起こした出来事が記録に残っています。恐らく彼らは誰もが見逃がす、この潜在意識をフル稼働させたのでしょう。無限の力を秘めた潜在意識を有効活用したことで、彼らは偉大な活力を放出しました。
さて潜在意識という普段、心の奥底に沈潜している対象を、意識上に引っ張り出す方法はあるのでしょうか。誰にでもできる最も簡便な方法としては、自らの心を探る、言葉を換えれば、自らの記憶を白日の下に晒すことです。私たちの心には体験・経験に基づく、様々な記憶が蓄積されています。日常生活において、過去の記憶は断片的にしか呼び覚まされないのです。その記憶を集中的に呼び覚ますのです。
一度、過去の記憶をすべて見える形で、洗い出してみましょう。見える形とは言っても、映像を呼び覚ましても、それはすぐに消えてしまいます。呼び覚ました映像やその時の心の動きを文章として、書き出す作業がどうしても必要となるのです。良く言われる自分史を書いてみることが、魂の奥底に分け入る最短の経路の一つです。
自分史を書く時には、真実の自分と向き合い、真実の言葉で書き綴らねばなりません。人に見せようと身構えて、自分の過去を無闇に飾り立てたり、自分の欠点を包み隠したりしてはいけないのです。潜在意識に到達するために書く自分史には、嘘・偽りがあってはならないのです。何故でしょうか。
自分の心を偽った時点で、真実から離れ、つかみ所のない潜在意識が益々、遠ざかることになるからです。悪い部分を直す目的で潜在意識を洗い出しているのに、それを敢えて虚偽の闇に包み込んだら全く意味がないのです。
人に嘘をつくことは悪い事ですが、自分に嘘をつく事は最悪です。本来、自分を知り得るのは、自分しかいないにも拘らず、自分の心に嘘をつくことは、心が分裂することを意味するからです。心の分裂ほど、手の施しようのない事態はないからです。
ここで分裂と言っても、狭義の精神分裂、病的な精神分裂だけを指しているのではありません。ここで言う分裂とは広義の心的分裂で、誰もが経験する心的状態です。自分に対してさえ、本音を隠している時点で、私たちは心的分裂を起こしているのです。
文字を筆記し、記録できる能力は、人類に計り知れない英知を与えました。文字がない時代にあって、私たちの祖先は自分の過去を、話し言葉でしか振り返ることができなかったのです。夜の焚き火を囲んで、勇者は仲間に武勇伝を語り、老人は孫に体験談を語ったことでしょう。彼らの話しは恐らく、心的描写よりも行動描写が多かったことでしょう。人に伝えるには行動体験描写の方が伝え易いからです。
10に続く

エッセイ 潜在意識の謎 その8

  1. 2012/05/15(火) 00:39:46|
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その8)
(潜在意識との遭遇)
夢の中では意識が遠ざかっているので、潜在意識は自由に振舞っています。ところが目覚めている間は、断然、意識が優勢なのです。
夢の中では自由に羽ばたく潜在意識も、日常生活では心の奥深く、沈潜しています。普通、潜在意識を垣間見る機会は少ないのです。少ない機会をいかに俊敏に捉えられるかが、大きな課題となります。
理性の勢力が強過ぎる者の心の内では、潜在意識は隅に追いやられています。潜在意識が表面に表われる時は、理性の勢力が減退した時です。例えば、理性が怒りに押しやられている時とか、不安な感情にさいなまれている時です。怒りや不安と言った負の感情に襲われた時、私たちは心の素地を現わすのです。自分自身をコントロールできず、冷静ではいられないからです。
冷静でいられない時こそ、私たちは真価を問われるのです。つまり理性という防御が取り払われた、生の自分に対面することになります。そうした危機的状況の中でも、正確な判断力を保てる者だけが満足を得られるのです。
感情は心の奥底から湧き出て来ます。私たちは理性でそれらを、多少コントロールできるものの、完全に消滅させることはできません。怒りや悲しみの感情は、何の理由もないのに心から湧き上がることもあります。一体、何が原因しているのでしょうか。恐らく、心の奥底にある潜在意識が何らかの影響を与えているのでしょう。
例えば初対面の人に対して、快・不快を感じることがあります。潜在意識が既に快・不快の情報を流しているようなのです。初めから好きになれない顔と言うのはあるものです。その手の顔に対しては、記憶の底に封じ込められた、嫌な思い出がまとわりついているのかも知れません。
感情は何らかの外部からのインプットにより発現する場合と、単に心に蓄積された記憶により発現する場合とがあります。外部からのインプットがないにも拘らず、感情が湧き上がるのは、心の底に内包された意識し得ない、潜在意識によるものと考えても構わないでしょう。
意識上はいかにも満足しているように取り繕っても、心の奥底にある潜在意識が不満の塊であるならば、私たちはことある毎に怒りを発することになります。潜在意識が不満だらけで、絶望し切っていれば、私たちの心は常に満たされないことへの怒りや悲しみに満たされるのです。
さて心のブラックボックスとも言える潜在意識と、どう係わって行くかが、生活して行く上での課題となります。潜在意識を良好に保てば、感情は安定します。潜在意識をないがしろにすれば、感情は不安定になります。果たして私たちに潜在意識を上手くコントロールできるのでしょうか。
9に続く

エッセイ 潜在意識の謎 その7

  1. 2012/05/12(土) 06:51:45|
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その7)
(夢と潜在意識)
私たちは日常生活で潜在意識に、殆ど関心を払ってはいません。昼間、生活している中で、潜在意識が表に現われる機会は殆どないからです。潜在意識が顕在化するのは、夢の中においてです。従って夢は、私たちの潜在意識を知る上で、唯一と言えるほどの重要性を持つのです。
古来、旧約聖書においては夢の解き明かしの記述が大きく取り上げられています。さらに夢とは形態が異なりますが、預言者と言われる人たちは、未来を予測した言動をしていました。創世記に出て来るノア自身、未来を予測できたが故に、家族を大洪水から救うことができたのです。
聖書は預言、すなわち神からの託宣という形で、未来を予測する能力を持つ人物が多数登場します。未来を予測する能力の裏付けは、取りも直さず潜在意識の有効利用にかかっています。つまり聖書を貫く基調には、人間の持つ潜在意識が深く係わっていると考えざるを得ません。イエスの出現によって、さらに潜在意識の重要性が、奇跡という形で脚光を浴びることになるのです。
時代は下って、フロイトは夢を解析して、潜在意識の重要性を世に問うたのです。他人の夢を客観的に、つまり科学的に解析することにより、私たちの願望や悩みが夢に込められていることを発見しました。さらに夢を解析すれば、心の悩みと悩みがもたらす身体の変調の原因を特定できることを明らかにしたのです。
近年、有名なマーフィー氏は、人間の持つ潜在能力の有用性を説きました。彼は潜在意識に働きかけることで、潜在能力を引き出し、日常生活に活用する手法と理論を考案したのです。彼の職業は牧師であったので、彼の構築した理論の基礎には、聖書が深く係わっていることが考えられます。
確かに潜在意識が、私たちの生活を大きく左右しているのは、漠然としては分かります。ところが漠然として、その存在を認めるのと、それを有効利用するのとでは雲泥の開きがあります。さらに言えば、未だに潜在意識の有用性はおろか、その存在すら認めずに生活している数多くの人々がいるのも確かなのです。
理性が解決できる問題はごく限られています。理性は意識によって司られていますが、意識が網羅する心的範囲自体は限定されているのです。潜在意識は意識さえも立ち入れない心の深層領域までも、網羅している事実を知るべきなのです。
さて潜在意識・潜在能力の有用性を理解したとして、それらをどの様に引き出し、実生活に役立てるかが重要なポイントになります。
無意識とは字義通り解釈すれば、意識されない心の作用と言うことです。意識されない以上、有効利用することなど不可能ではないかと匙を投げてしまえば、話はそこでお終いとなります。意識できない領域に君臨する無意識、そして潜在意識さえも効果的に活用する使命が、21世紀の私たちには託されているのです。
二十世紀までは物質文明の時代でした。21世紀以降はいよいよ心の時代に突入しました。私たちは物質だけで満足感が得られないことを知ったのです。豊富な物質だけで心は満足しないのです。心を満足させ、充実した日々を過ごす為には、どうしても心、そのものの真実に迫る必要があります。心の真実を解き明かすには、どうしても潜在意識を俎上に乗せるしかないのです。
子供はよく夢の話をします。昨夜、どんな夢を見たか克明に親に報告するのです。子供は大人に比べ、夢の世界を大事にするようです。夜見る夢に限らず、白昼夢という形で、夢の中の世界に入り込むこともあるぐらいです。彼らは想像力が豊かなのです。夢と想像力とは深い関係がありそうです。
私たちが将来の夢を語れなくなったらお終いなのです。何故でしょうか。将来は夢見ることで、初めて拡がりを見せるからです。夢がなければ、将来は拡がりようがなく、それこそ限定された枠組みの中に、はめられることになるのです。
現実の世界から得られる情報をいくら、組み合わせてみても将来への展望は開けません。将来への展望を開くには、奔放な想像力を駆使する以外にはないのです。そして奔放な想像力を支える陰の功労者が潜在意識、そのものなのです。
潜在意識こそ、私たちの将来を好転させもし、暗転させもします。積極的で肯定的な潜在意識が心の根本にありさえすれば、私たちの意識は好転し、希望に満ちた将来像が描けます。反対に潜在意識が否定的であれば、私たちの意識は否定的にならざるを得ません。そして将来に拡がる展望も、絶望的な様相を呈することになるのです。
キリスト教で救世主と崇められているイエス・キリストは、潜在意識の効用にいち早く気付いていました。彼ほど心の深層に迫り、かつその潜在的パワーを遺憾なく発揮した聖職者はいなかったのです。
クリスチャンにとって、彼は神と等しい存在と捉えられていますが、イエス・キリストは神の能力に近い潜在能力をフル稼動させたという点で、事実、神に最も近かった存在と言っても過言ではありません。最近、ダヴィンチコードにおいて彼の人間性が鋭く暴かれはしましたが、彼が神に近い心的能力を備えていたことも、また事実なのです。
私たちは誰もが潜在的には底知れぬ力を備えているにも拘らず、潜在能力の半分はおろか、十分の一さえも発揮できていません。何故でしょうか。
その理由は、意識が無意識を抑圧しているからに他なりません。私たちが無意識を意識の束縛から解き放った瞬間から、私たちの潜在能力は全開するのです。では、どうすれば意識を弱体化できるのでしょうか。
8に続く

エッセイ 潜在意識の謎 その6

  1. 2012/05/11(金) 00:59:28|
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その6)
(潜在意識と絶対者)
魂の根源に宿る潜在意識は絶対者と直結しています。宇宙における、すべての生命の営みを統括する絶対者がどんな形態をしているかは分かりません。それは人知では決して想像すらできない存在だからです。何故でしょうか。人知は有限でありますが、絶対者は無限の広がりを持つからです。
私たちの意識がつかむ絶対者の像は漠然としています。また絶対者の存在自体を認めない人々も多数います。ただし地球上に生命活動がある以上、創造の主体なる絶対者の存在を認めた方が、心情的には自然だと思うのです。
人間には生きる理由が必要です。自分が何の為に生み出されたのか、理由がなくてはなりません。理由付けを行うには、生み出す本体である絶対者の存在が是非とも必要なのです。
宇宙の隅々にまで介在する絶対者は、当然あなたの体内の隅々にも介在しています。絶対者とは唯一無二であり、しかも無限大の要素と無限小の要素をも併せ持つ存在なのです。あなたの細胞内の一つ一つにまで介在している絶対者は、当然潜在意識さえも司っています。あなたには手が届かない小宇宙、潜在意識の動き、その一つ一つまで把握しているのが絶対者なのです。
あなたが把握し切れていない潜在意識さえも、絶対者の広大な網の目の中では、重要な構成要素の一つなのです。あなたが人生という土俵で取り組む、生命活動は細大漏らさず、絶対者の目標に適うよう設定されているのです。つまり宇宙が目指す生命活動の目的の鍵は、実に潜在意識の中に隠されているとも言えましょう。
脳が潜在意識の声に従順な時、心はこだわりをなくし、心と宇宙は一体化しています。そこで思いがけない、ひらめきがもたらされたりするのです。その瞬間、私たちの潜在意識が何を欲しているかが分かるのです。
クレッチマーの性格分析により、粘着性気質と呼ばれる人達がいます。人間は多かれ、少なかれ粘着性気質を備えてはいます。その特徴はと言えば、思い込みが激しく、固定観念ですべての物事を判断する傾向が強いことです。
思い込みに心を奪われている間は、潜在意識は心の底に押し込められているのです。問題が発生しても、お定まりの決まり切った解決法しか浮かんでは来ません。思い込みによる判断自体が独りよがりである場合が多く、潜在意識が示す天命とは程遠い判断なのです。
私たちが天命を知るには、思い込みをできるだけ排除し、心を平安に保ち、潜在意識の微かな叫びにも耳を傾け、勇気をもって、その声に従うしかないのです。
7に続く

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